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風と遊んだ日<竹の風ぐるま> 風の日の遊びは、他にもあった。凧揚げはもちろん、風ぐるまもその一つだった。 ちんちく竹の筍の皮は、格好の風ぐるまの羽になる。どの家にも、家の傍には、防風林の替わりになるちんちく竹を植えていたから、材料には事欠かなかった。 北風が吹き始める頃になると、脱ぎ終えた筍の皮が、竹林にはたくさん落ちていた。中には、脱ぎかけの皮が、まだ竹の途中に引っかかったまま落ちないでいるのもたくさんあったから、それをとってきて、小刀で羽の形に削る。ちんちく竹の皮は、いい具合に曲がっていて、風の抵抗を受けるには丁度よかった。 まず、10センチぐらいの長さに切った竹の皮を羽の形に整えて削り、同じもう一枚の羽と、十字に重ねて、節の付いた竹の枝を刺して留める。それを、もっと大きな竹の筒に入れ、風に向かって走りだすと、それはカラカラと乾いた音をさせて回った。向かい風が強いほどよく回り、走らなくても、風だけでひとりでに回った。 その遊びがどこでも流行っていたのか、それとも自分たちだけの遊びだったのか、今でもわからない。インターネットで調べても、それにまつわる話はどこにもなく、ただ一つ、ネパールのコルガ郡の子供たちの間で、今も遊ばれていることを知った。 ネパールには伝統の竹細工が今も残っている。玩具に乏しいネパールの子供たちが、その遊びを考え出したとしても不思議ではない。もしかしたら、遥か昔に、ネパールから伝わってきた遊びだったのかもしれない。 私には幼い頃、いつも一緒に遊んでいた幼馴染がいた。おない年で、すぐ近くに住むいとこ同士だった。周りの大人たちからからかわれるほど二人は仲良しで、何をするにも一緒だった。 Tちゃんの手にイボが出来ると、私の小さな手も、すぐにイボだらけになったし、Tちゃんがチック症になると、その癖は、私にも感染した。目をやたらに瞬かせる兄さんがいて、二人で面白がって真似をしているうちに、いつの間にか移ったのだった。その頃、二人ともやたらに目をショボつかせていたのを覚えている。 遊ぶときも、もちろん二人は一緒だった。 メンコにビー玉遊び、独楽回し、女郎蜘蛛の喧嘩、お蔭で私は、男の子がする遊びを何でもした。 小学校に上がると、男の子は小刀などの道具を器用に使い、鳥もちを作って目白を捕まえたり、罠を仕掛けて、小鳥を捕ったりしていた。榎の実がなる頃には、竹鉄砲を作り、口の中いっぱいに青い実を頬ばって、打ち合いをして遊んだ。夏になると、泳ぐだけでは飽き足らず、水中眼鏡をかけて、魚を追いかけたりしていた。 それに比べて、女の子達の遊びは、いたっておとなしかった。フヌキ(ハマゴウ)の原っぱでままごとをしたり、海岸に打ち上げられたツメタ貝の殻を拾ってきて石とり遊びをしたり、せいぜい庭先で、縄跳びや石蹴りをするぐらいだった。そんな中に、男の子が混じっていたりすると、「オトコとオナゴがマゼゴンゴン。」などと、囃し立てられた。高学年になるにつれて、男の子と女の子は、別れて遊ぶことが多くなっていった。 やがて、中学に入学すると、申し合わせたように、私たちは、一緒に遊ばなくなった。お互いに顔を合わせることも、口を利くこともなくなった。 そうして、北風と遊んだ日々は、思春期の春の訪れとともに、突然に終わりを告げた。 |
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素敵なエッセイですね。 |
マッタ 2011/11/11 20:35 |
マッタさん。コメントありがとうございます。 |
ビキタロウ 2011/11/12 11:55 |
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