随筆<板橋の傍で>
庭先に架かっている橋がまだ板橋だった頃、そのたもとに大きな八重桜の樹が数本あった。桜は毎年のようにうす桃色の花房を沢山つけ、散るときには、吉野桜のように花びらを散らすのではなく、一房ごと潔くぽとりと落ちた。
その頃には、決まって近くの石垣の穴から、冬眠から目覚めたばかりのアカテガニ達が顔をのぞかせ、花見をしていたものだった。
ある日のこと、散り始めた桜の樹の下を、一匹の子猫が通りかかった。するとその時、風が俄かに吹いて、八重桜の花房をホトホトと落とした。そのうちの一つが、猫の頭をかすめて落ちたので、子猫はビクッとしたように立ち止まり、後ろを振り返った。誰かが、悪さをしたと思ったのだろう。
すぐに又歩き始めると、今度は別の花房が、子猫の背中にまともに当たった。子猫はいきなり高く飛び上がり、体ごと後ろを振り返ると、あたりをキョロキョロ見回した。それから急に怖気づいたように、一目散に駆け出した。
桜の樹の上で、花たちはいっせいに枝を揺すって笑い、地面に落ちた花房も、笑い転げるかのように、板橋の上で、コロコロと転がっていた。
この記事へのコメント
言葉の要らないパントマイムというところでしょうか。
若い頃、庭先で目にした光景ですが、可笑しくて思わず独り笑いをしたのを覚えています。