カエルの歌

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help RSS 随筆<毬つき>

<<   作成日時 : 2012/02/09 09:16   >>

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           毬つき



 つい先日、思いがけず、懐かしい言葉に出会った。六十年振りに聞く方言、「ゴンマり」。
 車のドアに入れていたのを、おないどしの友達が目ざとく見つけて、嬉しそうに訊いてきた。
 「何すんの? このゴンマリ。」
 ゴンマリとは、ゴム毬のこと。車椅子に乗ったとき、腰を安定させるために、私はいつも左膝の脇に挟んでいる。一時も欠かすことの出来ない必需品の一つ。もう何十年もの間、そうしていつも身近に触れてきたものなのに、何故かそれをゴンマリと呼んだことは一度もなかった。 
 その日、ゴンマリという懐かしい言葉を耳にしたとたん、五感のうちに、生々しく蘇ってくるものがあった。
 手のひらが覚えている柔らかなゴムの感触。土を叩く優しい音。毬をつきながら口ずさんでいた歌の文句、忘れていた遠い日の記憶が、ゴンマリという言葉の響きと共に、命を吹き返すように蘇ってきた。

 その頃、ツボンホカ(坪の外)と呼ばれていた農家の庭先は、まだ土の地面だった。
 女の子達はそこで、飽きもしないでよく毬をついて遊んだ。平らに貼られたセメンの庭とは違い、少し凹凸のある庭先で毬をつくのは技がいった。

  一文目のイー助さん、いの字を開いて
  一万一千一百石、一斗一斗一斗間の、
  お蔵に収めて 二文目に渡ーした
 

 この手毬歌は、1から10まで続いていて、毬をつく所作はそのたびに違っていた。数を重ねるにつれて、その所作は複雑になり、毬さばきは難しくなってくる。半世紀以上たっても、一度体が覚えた記憶は、容易には消えないものらしく、足が全く動かなくなった今でも、歌と共に、その所作が自然に蘇ってくる。

  イッチリットラー シャリキシャンポンケー
  だーれーかーの ほったくりこ
  ないしょ
  

 この毬つき歌も1から10まで続いていて、所作のテンポが速いので、かなり高度の技が要った。
 歌の文句は、まるでチンプンカンプン。意味も解らないまま、呪文を唱えるように、無心についていた。いま考えても、意味はやっぱり不明。でも、不明だからこそ、妄想も広がる。誰かの「ほったくりこ」とは、何のことだろう。最後を「ないしょ」で閉めているところを見ると、どこか秘密めいた言葉のようでもある。

 今の時代、毬をついて遊んでいる子供達が、どれほどいるだろうか。
 毬つきは、一人で遊ぶことも出来たし、他者と競い合うこともなかった。競技とかスポーツとか、無縁の遊びだった。確かに競争心は育たなかったかもしれない。でも、必要な運動神経や情緒的な面は自然にはぐくまれていったと思う。

 よくお店で買い物をしていると、幼い子供たちが近寄ってきて、膝の脇に挟んだゴンマリに興味を示してくる。中には欲しがる子供もいて、母親を困らせたりする。ゴンマリを指差して、「アンパンマン」という子がいたり、中には「バイキンマン」というふとどきなことを言う生意気な子まで出てきた。子供のあどけない表情とは裏腹に、あんな小さい時から、すでに差別意識が生まれているのか??やりきれない思いでいると、すぐにそれは、私の大きな誤解だとわかった。毬に書かれていた絵が子供達の人気漫画の一つ、「アンパンマン」に出てくる「バイキンマン」というキャラクターだった。
 それ以来、「バイキンマン」の書かれたゴンマリは使わないことにした。使わないでいるうちに、バイキンマンも少しずつ空気が抜け、小さく萎んでしまった。

 
 毬つきで、もう一つ忘れられない思い出がある。
 私の家の庭先で毬つきをしていた時、近所の信ちゃんの毬が転がって、庭続きにあったタンポリの中に落ちた。タンポリは、お風呂場と便所の間にあって、風呂の残り湯を溜めておく場所であり、男性が用をたす為の場所でもあった。
 信ちゃんは毬を追いかけているうち、勢いあまって、そこに飛び込んでしまった。すぐに引き上げてもらい、風呂の残り湯で洗ってもらったものの、全身ずぶ濡れになり、泣きながら帰っていった。
 あの時のことを、信ちゃんは今も覚えているだろうか。





    

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ホテルから見ています。懐かしい言葉を聞いていると、タイムスリップしたようなフワフワした不思議な感覚になります。
ひこ
2012/02/10 23:40
ひこさん、コメントをありがとうございます。
「ごんまり」という方言が、どのあたりの地方で、どの年代の方達にまで使われていたのかわかりませんが、子供達の間で、鞠つきの遊びが消えていくのと一緒に、この懐かしい言葉もだんだん聞かれなくなっていくのでしょうか。
おっしゃるように、方言は瞬時に、その時代、その場所、その時の自分に引き戻してくれる不思議な力を持っているようです。昔の人が残していってくれた、そんな宝のような言葉が死語になっていくのは寂しいですね。
ビキタロウ
2012/02/11 14:04

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